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船内エピソード “日本式の注文は誤解のもと”

 4組の熟年夫妻が8人用の大テーブルに着席すると、ウェイターは日本語のメニューを持ってやってきた。欧米人と並んでも見劣りしない体の大きいSさん夫妻(58歳・54歳)は、8人の中でひと際目立っていた。
「何にしようかしら……」
 みな楽しそうにメニューを眺めている。
「これ『千の島のドレッシング』って何かしら? ああ、サウザンアイランドのことなのね」
 多少直訳的で妙な箇所もあるが、それもご愛嬌。元の言葉を推測するのも楽しいものだ。客船によっては、日本語のディナーメニューを用意しているところもある。Sさんはメニューを閉じて奥さんに言った。
「なんやようわからんから、お前とおんなじもんでええわぁ。まとめて頼んどいて!」
 日本語になったところで、Sさんには料理そのものがよくわからなかった。男性なら珍しいことではない。

「アー・ユー・レディー・トゥ・オーダー?」(ご注文はお決まりですか?)
 ウェイターがやってきた。注文は原則としてレディファースト。ウェイターは4人の女性から、順番に聞いていく。最後がSさんの奥さんだった。

「前菜はこれをツゥー。スープはこれをツゥー。サラダはこれを……」と、Sさんは夫に言われたままにそれぞれをふたつずつ頼んだ。メニューが英語と日本語で併記されているので、指差し注文ができて便利だ。「ツゥー」と言うときには、丁寧にVサインで示した。

「メインはステーキ……、それもツゥーね!」
 ウェイターはうなずきながらしっかりメモをとると、男性陣のオーダーに移った。まずはSさんだ。ウェイターに見つめられて、Sさんは「もうさっき注文したやろ? ワイフとおんなじや、セイム、セイム! ツゥーや!」と奥さんを示しながら関西弁と英語を交えて答えた。ウェイターは「オー!」と納得した様子でメモをとった。

 やがて、Sさん夫妻の前に同じ前菜が4皿並んだ。
 驚いたSさんは、ウェイターに身振り手振りで間違いを伝えた。しばしのやりとりが続いて、ようやくウェイターは理解した。ウェイターはてっきりSさんと奥さんがそれぞれ同じものを2皿ずつ注文したものだと思い込んでいた。ウェイター経験の浅い彼は、日本人にはひとりがまとめて2人分の注文をする場合があることなど知らなかったのだ。それにSさん夫妻がふたりとも巨漢だったことも、ウェイターに疑いを抱かせなかった。

 ディナー時の注文は、原則としてレディファースト(カジュアル客船で混み合っているときは例外)で行なわれるが、注文は個人ごとに行なうと誤解がない。じつは「妻と同じもの」(まれに夫と同じもの)という注文方法は日本人には意外と多いのだが、これがなかなか伝わりにくい。それに、ふたりが同じ料理を注文して、口に合わなかった場合にはどうしようもない。夫婦で違うものを頼めば2種類の味が楽しめる。ただし、西洋人は他人の皿を横からつつくことはあまりしないので、周囲に対するマナーには注意が必要だ。